演題

Phrenicoesophageal ligament とinfracardiac bursaからみた食道裂孔周囲解剖の要点と盲点

[演者] 篠原 尚:1
[著者] 中村 達郎:1,2, 倉橋 康典:1, 仁和 浩貴:1, 中西 保貴:1, 小澤 りえ:1, 石田 善敬:1, 高井 昭洋:3, 坂井 義治:2, 笹子 三津留:1
1:兵庫医科大学医学部 上部消化管外科, 2:京都大学大学院 消化管外科学, 3:愛媛大学医学部 病態制御部門外科学講座(肝胆膵・移植外科学分野)

解剖学は古典的医学ではなく,外科学と共に進化する科学である.近年鏡視下手術の普及に伴い,開腹手術では認識されることの少なかった膜や剥離層などの微細解剖に対する理解の必要性が高まっている.しかし,これらは時として固有の名称が確立されていないため共通認識に混乱をきたすことがある.また,普遍的に存在する,あるいは手術中に恒常的に見えている構造物であっても,それが権威ある解剖アトラスや過去の手術書に記載されていないという理由からアーティファクトとして無視してしまうこともありうる.
その一例として下縦隔,とくに食道裂孔周囲の解剖を挙げる.多くの解剖書では横隔膜脚は食道に直交して取り巻き,裂孔の上面(胸腔面)は胸膜と横隔食道間膜(phrenicoesophageal ligament, PEL)上葉で,下面(腹腔面)は腹膜とPEL下葉で支持されているように描かれている.裂孔周囲には"脂肪輪"があり,このなかにno. 20, 110, 111, 112といった番号の付いたリンパ節が含まれていることになる.しかし,本来,横隔膜脚はすり鉢状に食道に接する.その右脚の内側縁に沿って腹膜を切開すれば,PELという名称の構造物をほとんど意識することなく脂肪に到達する.そこから上記リンパ節を分けて郭清するのは極めて難しい.実際,「胃癌治療ガイドライン」の食道胃接合部癌に対するリンパ節郭清アルゴリズムでは"No. 20およびNo. 110, 111, 112は正確な範囲設定が困難であり,裂孔周囲および下縦隔は一括で郭清するものとした"と記載されている.
さらに,食道と横隔膜右脚の間には漿膜で囲まれた"閉鎖腔"がしばしば観察されるが,ほとんどの解剖書や手術書には相当する図解がない.その開放により開胸と錯覚させる本腔の存在は,下縦隔解剖の理解を複雑にしている一因である.我々は発生学的に知られている右肺腸陥凹が一旦網嚢と連続した後,横隔膜の形成により分離されて形成されるinfracardiac bursaがこの閉鎖腔の本態であると考え,京都コレクションのヒト胎児標本(Carnegie stage 13~23)やその3D構築像,cadaverでの検体解析によって検証した.
今後ますます進歩する光学技術の恩恵に与るために,外科医は内視鏡が映し出す精細な画像情報を既成観念にとらわれることなく受け入れ,発生学などの多方面から検証し,手術に役立つ臨床解剖の知見を蓄積していくことが責務である.
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