発表

2D-069

自発的微笑の縦断的観察III

[責任発表者] 川上 文人:1
1:京都大学

目 的
 笑顔の初期発達は教科書的には,出生前後から見られ,明確な刺激なしに睡眠中に生じる自発的微笑からはじまり,それが消滅する3か月から対人的な覚醒中の社会的微笑が増加してくるとされている(Sroufe &Waters, 1976; Kagan & Fox, 2006)。しかし,それらの笑顔の表出を観察した研究は多くはなく,一部の実証データに依拠している部分が大きい。
 自発的微笑について,Wolff (1963)は8名の乳児を対象に出生から3か月間,家庭訪問により縦断的観察を行った。第1週から自発的微笑が見られ,月齢が高くなるにつれ自発的微笑は減少していくとした。しかし,消滅するかについては生後6か月でも自発的微笑が生じたことも記述しており,Kawakami et al. (2009)も1歳児での観察例を報告していることから,一般的な見解とは大きく異なっている。近年ではヒトの最近縁種であるチンパンジー乳児(Mizuno, Takeshita, & Matsuzawa, 2006)だけでなく,ヒトの共通祖先との分岐が約3000万年前にさかのぼるニホンザル新生児(Kawakami, Tomonaga, & Suzuki, 2017)にも同様の微笑が見られることがわかり,その機序に関心が高まっている。
これまでの笑顔に関する縦断研究では,撮影の時間や回数について統制がとれていないという問題があった。そこで本研究では自発的微笑の発達的変化を探るべく,撮影時間や回数を統制し,より組織的に微笑データを収集することを目的とした。
方 法
[参加者]生後2週から24週までの乳児7名が参加者であった。平均出生体重は2749gであった。全員生後2週の段階で家庭で生活しており,健康であった。聖心女子大学の倫理委員会により承認を受け,参加者の保護者より同意書を得た上で行った。
[撮影事態]家庭にビデオカメラと三脚を配付し,保護者による撮影を依頼した。撮影法に関しては,撮影見本のDVDと説明書を添付し,参加者に疑問が生じた場合には必要に応じて説明を行った。機材の配付という方法を採用したのは,出生直後から長期に渡ること,睡眠時間という不確定な時間帯であることから,家庭訪問と比較して参加者に対する負担が少ないと考えたためである。
[笑顔の定義]先行研究(Kawakami, 2009)と同様,(1)唇の端が上がっていること,(2)不規則睡眠,またはまどろんでいる間であること,(3)明らかな外的,または組織的で明確な内的要因が見られないこと(Wolff, 1963),(4)1秒以上継続的に観察されることとした。
[手続き]出生後の2週目から24週目まで観察した。各週齢における日数までは固定せず,その週齢内であればどの日にちでもよいということにした。撮影は1週間に1回,連続した5分間ずつ行ってもらった。撮影のタイミングは入眠から約10分以内に始めるように教示した。自発的微笑は不規則睡眠に生じることが多く睡眠の周期が影響するため,不規則睡眠になりやすい入眠からの経過時間を統制する必要があった。撮影中,視聴覚,触覚的刺激を与えないようお願いした。
[評定]各笑顔について,継続時間と出現部位(口の左,右,両側)と測定した。出現部位について1つの笑顔の中で変化した場合,最終的な形で判定した。
結 果
 7名の乳児における24週間の観察で,合計138回の自発的微笑が見られた。最も早期のものは第2週齢,最も後期のものは24週齢に見られた。自発的微笑の頻度の推移を図1に示した。2週から12週を前半,13週から24週を後半とし比較した結果,頻度(前半: 平均 = 12.29, SD = 4.31; 後半: 平均 = 7.43, SD = 8.38)と継続時間(前半: 平均 = 2.30, SD = 0.36; 後半: 平均 = 2.31, SD = 0.61)に週齢の差が見られなかった。7名のうち2名は後半に自発的微笑を見せなかった。
 出現部位ごとの頻度を表1に示した。右側,左側を「片側」にまとめて,片側と両側とした上で,週齢による変化について統計的に検討した結果,有意な差は見られなかった。

考 察
本研究の結果で最も重要なことは,自発的微笑が生後3か月で消滅するとされていたこれまでの通説に明らかな反証を呈示した点である。7名のデータではあるが,多くの参加者が3か月以降も表出したことは,これまでのケーススタディの結果をより頑強なものとして示した。
今後データを重ねることで,月齢にともない減少する傾向は見られるかもしれない。しかし,消えるわけではない。縦断的に,統制のとれた状況で観察することにより,「思い込み」をデータで覆した例といえるだろう。

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