発表

1D-088

乳児の泣き声への反応に対する遺伝・環境・状況要因の影響

[責任発表者] 平岡 大樹:1
[連名発表者] 野村 理朗:1
1:京都大学

目 的
 児童虐待には被虐待経験による負の連鎖があることが示されており,被虐待経験のある養育者は,虐待リスク要因である泣き声に対して嫌悪感が強く示す (Casanova et al., 1994)。しかし,被虐待経験と泣き声への反応との関連に関して先行研究間で一貫した結果が得られていない (Isumi & Fujiwara, 2016)。その原因として,被養育経験の影響を調整するオキシトシン受容体遺伝子多型 (Oxytocin Receptor: OXTR),および遺伝・環境要因の影響を調整することが示唆されている状況要因を検討していないことが考えられた (Bradley et al., 2011; Dodge, 2011)。泣き声への反応において,被養育経験,OXTR,状況要因は個別に泣き声への反応に対する影響が検討されてきたが, それら二次の交互作用が乳児の泣き声への反応に与える影響を検討した。仮説としては,被養育経験がネガティブかつ,OXTR Gアレル保有者は泣き声に対してネガティブな反応を示し,さらにその個人は状況的な負荷によってよりネガティブな反応を示すことが予想される。
方 法
 乳幼児を養育中の母親124名が参加した。そのうち3名は後述するハンドグリップ課題を指示通りに遂行できなかったため除外し,121名のデータを分析した。平均年齢は35.32 ± 4.22歳であった。
 泣き声刺激として,ある7か月児の自然状態の泣き声を母親が録音したものを用いた。録音された音声から,2分間の2つの音声刺激を作成した。基本周波数の平均値は413.60 ± 6.72Hzであった。統制音として,泣き声と同じ基本周波数を持ったトーン音を作成した。
 課題は8つのブロックから構成されており,ブロック間で認知的負荷 (高負荷・低負荷),ブロック内で音声 (泣き声・トーン) を操作した。それぞれの操作は参加者内で行われた。各ブロック内では泣き声またはトーンを2分間提示した。提示前に,記銘材料として,認知的負荷高条件では8文字のアルファベットの無意味綴りを,認知的負荷低条件では2文字のアルファベットの無意味綴りを5秒間提示した。参加者には2分間の間,記銘したアルファベットの無意味綴りを保持しておくように教示した。音声刺激の提示終了後,参加者は記銘した綴りをキーボード上で回答し,点数がフィードバックされた。
泣き声およびトーン音提示中,参加者は利き手で握力計を持ち,4回ずつ指示されたタイミングで,全力と50%の力で握力計を握った。50%の教示と次の全力の教示までの間隔は25秒であった。50%教示時に記録された握力を全力時の握力で割った値を握力課題得点として指標とした。
 被養育経験の測定にはChildhood Trauma Questionnaire (CTQ:Bernstein et al., 2003) 28項目を日本語訳したものが使用された。遺伝子多型はOXTRのrs53576を解析し,AA48人,AG55人,GG18人であった。GGアレル保有者が少なく,AAアレル,Gアレルの2群に分けた。マルチレベルモデルを用いた重回帰分析を行った。
結 果
 音の主効果(β = -0.02, p = .03),認知的負荷と音の交互作用(β = 0.02, p = .03),CTQ,OXTR,認知的負荷の交互作用 (β = 0.10, p = .04) が有意であった。CTQ,OXTR,認知的負荷の交互作用に関して単純傾斜分析を行った結果 (図1),CTQが低い参加者ではAAアレル保有者のみ認知的負荷によって握力課題得点が上昇していた(β = 0.03, p < .01)。CTQが高い参加者ではGアレル保有者のみ認知的負荷により握力課題得点の上昇がみられた(β = 0.02, p < .01)。
考 察
 OXTR Gアレル保有者は適切な養育行動を示すが (Klahr, Klump, & Burt, 2015),被養育経験がネガティブなOXTR GGアレル保有者は情動制御の能力が低く (Bradley et al., 2011),特性的な制御能力の低い個人は状況的な負荷の影響を受けやすい (Dodge, 2011)。本研究の結果はこれらの知見と一致し,被養育経験がネガティブなGアレル保有者は特性的な自己制御が低く,泣き声への処理が困難であり,状況的な負荷の影響を受けやすくなった可能性が考えられる。しかし興味深いことに,被養育経験がネガティブでないAAアレル保有者が最も握力制御に失敗していた。この結果は仮説に反するが,原因として,本実験の参加者は非臨床群から募集しており,今後はCTQ得点の高い,臨床群の養育者に対しても実験を行うことで,被養育経験とOXTRの効果をより明確に検討できると考えられる。
引用文献
Bradley, B., Westen, D., Mercer, K. B., Binder, E. B., Jovanovic, T., Crain, D., Wingo, A., & Heim, C. (2011). Dev. Psychopathol., 23, 439–452.
Casanova, G. M., Domanic, J., McCanne, T. R., & Milner, J. S. (1994). Child Abuse Negl, 18, 995–1004.
Dodge, K. A. (2011). In Shaver, M. (Ed.) Human aggression and violence: Causes, manifestations, and consequences (pp. 165–185). APA
Isumi, A., & Fujiwara, T. (2016). Child Abuse Negl, 57, 12–20.
Klahr, A. M., Klump, K. L., & Burt, S. A. (2015). J Fam Psychol. 33, 395–401.
Rodrigues, S. M., Saslow, L. R., Garcia, N., John, O. P., & Keltner, D. (2009). PNAS, 106, 21437–21441.

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