発表

1D-003

孟子の「勇」と「不動心」の心理学的分析

[責任発表者] 浜村 良久:1
1:防衛大学校

 『孟子』公孫丑上篇には、北宮黝、孟施舍、曽子の「勇気を養う方法」と、告子、孟子の「不動心」が論じられている。北宮黝の養勇法は「北宮黝之養勇也、不膚撓、不目逃。思以一豪挫於人、若撻之於市朝。不受於褐寬博、亦不受於万乗之君。視刺万乗之君、若刺褐夫。無厳諸侯。悪声至、必反之。」と述べられており、従来の研究では「突進し」(福原龍藏,1964)「誰にも侮られまいとすること」(吉永慎二郎,1985)と解されてきた。孟施舍の養勇法は「孟施舍之所養勇也、曰、視不勝猶勝也。量敵而後進、慮勝而後會、是畏三軍者也。舍豈能為必勝哉。能無懼而已矣。」と述べられており、「勝敗を度外視し」(渡辺卓,1971)「必勝の信念を持つこと」(宇野精一,1973)と解されてきた。曽子の養勇法は「自反而不縮、雖褐寬博、吾不惴焉。自反而縮、雖千萬人、吾往矣。」と述べられており、「常に道義的に正しいことを貫くこと」と解されてきた。孟子は、北宮黝と孟施舍の勇気は甲乙つけ難いが、曽子の養勇法が「守約」で優れていると述べている。
 次いで、孟子は告子の不動心について、告子が「不得於心、勿求於気」と言うのはよいが、「不得於言、勿求於心」はよくないと述べ、自分は「知言」(詖辞、淫辞、邪辞、遁辞を知る)と「浩然之気」の点で告子より優れていると言う。従来の研究では、「知言」とは人の心を見抜くことであり、告子の不動心は「心を乱さないようにしているだけ」(孟子集注)と考えられてきた。

しかし、『孟子』の「勇」と「不動心」の構造は、心理学の立場から見ると、次のように解釈することができる。
(1)孟子は勇気を阻害する要因として、恐怖心と罪悪感を挙げ、勇気を促進する要因として道義心を挙げた。
(2)さらに孟子は「恐怖」の対象を「恐怖刺激」と「行動の結果」に分類し、各々の「恐怖」を克服する方法を示した。
北宮黝の養勇法:恐怖刺激(剣)への恐怖の克服。北宮黝の養勇法は、剣に慣れて動じなくなる(不膚撓、不目逃)まで白刃の寸止めに何度も接することで、「恐怖刺激(剣)を恐れない勇気」を育て、「受けの不動心」を養う方法である。恐怖刺激への恐怖は古典的条件づけで学習された反応であり、慣れて動じなくなるまで恐怖刺激に接する方法は、現在の行動療法のフラッディング法と同様の技法であると考えられる。
孟施舍の養勇法:行動の結果(敗北)への恐怖の克服。人は結果を恐れると行動を躊躇う。この恐怖を克服するには、思考の焦点を「結果」(勝ち負け)から「行動」(勝つために今何をすべきか)に変えることによって、行動の結果(敗北)を恐れない「攻めの不動心」を獲得し、「行動する勇気」を得ることができる。行動の結果に対する恐怖はオペラント条件づけの罰で学習された反応であり、思考の焦点を結果から行動に変える孟施舍の養勇法は認知療法的な技法であると考えられる。北宮黝と孟施舍の養勇法は恐怖の対象が異なっているだけで優劣はなく、どちらも各々の恐怖に対しては心理学的に適切な克服法である。
曽子の養勇法。しかし、勇気があっても正義がなければ、「何をすべきか」という迷いは残り、利己のために勇気を使うことにもなる(論語「有勇而無義為乱」)。実際に、北宮黝は報復のために勇を用いた。曽子は道義的に正しいことを貫くことで、勇気とともに「何をなすべきかの不動心」が得られたと考えられる。「勇気」+「義」→「不動心」なのである。
(3)孟子も告子も道義的に正しいことを貫くことで不動心が得られた。孟子は人の心には生まれつき「羞悪の心」があり、これが「義」の端であると考えた(四端説・義内説)。正しいと得心できるものを己の心に探求する(不得於心、勿求於気)過程で、それを阻む己の防衛機制(詖辞、淫辞、邪辞、遁辞)について自己洞察(知言)が得られると同時に、内なる「義」に対する絶対的信頼と、己の本質は性善であるという自己肯定を持った状態、すなわち「浩然之気」が得られる。この状態が孟子の「内なる道義心に基づく不動心」の状態である。
 それに対し、告子にとっては「義」は外的規範(義外説)なので、行動が正しいか否かは外的規範から言語的に演繹し(不得於言、勿求於心)、納得できなければならない(不得於心、勿求於気)。しかし、外的規範で己の行動を正すと、己の行動は正しいという「何をなすべきかの不動心」は得られるが、自分の本質は性善であるという真の自己肯定(浩然之気)も、己の無意識に対する洞察(知言)も得られない。
告子にとっては、義内説を取るか義外説を取るかは「言」の問題、つまり義内説と義外説のどちらが日常言語の「義」の用例をうまく説明できるかの問題でしかなかった。しかし、孟子にとっては、真の自己肯定(浩然之気)と自己洞察(知言)を得るためには、内なる義を信じ、「義内説」に基づく生き方をしなければならなかったのである。

引用文献
宇野精一(1973).『孟子』集英社.
朱子.『孟子集注』
福原龍藏(1964).『孟子 現代に生きるヒューマニズム』講談社.
吉永慎二郎(1985).孟軻の不動心の思想史的意味,日本中国学会報,37,32-46.
渡辺卓(1971).『孟子』明徳出版社.

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