発表

1D-001

「必要十分条件」論文(C.Rogers,1957)の再々検討 - 8 -~ ロジャーズはアメリカのニーチェである ~

[責任発表者] 泉野 淳子:1
1:足利工業大学

目 的
 ロジャーズのカウンセリング論の背景にある臨床哲学を明らかにするのが目的である。彼は人生最後の講演で、自身のアプローチは「キリスト教に背くものである」と明言している。彼のマスターピースとされる表題論文には、反キリスト教の精神が注ぎ込まれていると想定でき、論文を精査してこれまで7回に分け発表してきた。今回はそれらを一覧表にまとめ、全体像から見えてくる臨床哲学を浮き彫りにする。
方 法
歴史資料を含む文献研究。彼が青年期まで信仰していたカルヴァンの神学およびキリスト教思想史の重要な概念と、彼のカウンセリング論の中核概念とを対照法により検討した。
結 果
彼は、自分の成した仕事は「両親の信仰するキリスト教へのreciprocal相反でありantithesisアンチテーゼである(Rogers,1983、1984)」と語っている。antithesisという強い言葉に見合うだけの激しい思想が、この論文には潜かに織り込まれている。自身のカウンセリング論の中核に敢えてキリスト教を連想させる用語を使い、その背後で神学本来の意味を否定する。そのような逆説表現が散見している(表1)。例示を1つ。カルヴァン主義は徹底した「神中心」であり、カルヴァンは「人間は神を讃美し、神の栄光の為に存在する」(『キリスト教綱要』1536)とした。神を「讃美する」英語はpraiseであり、一方、ロジャーズはクライエント(人)を「賞賛する」としてprizeを使う。暗に「神をpraiseするよりも人間をprizeする」ことこそ大事であると主張しているように読める。神学上の用語(概念)を意図的にズラしたり反転する等の修辞を駆使して、「人間中心」の思想が静かに、しかし、明確に打ち出されている。
考 察
 心理学は1879年、ヴントが実験心理学の研究室を正式に設立し、哲学から独立したことを以って始まりとする。そして、臨床心理学は彼の下で学んだウィットマーが1896年、心理学的クリニックを創設したことを以って始まりとする。しかし、臨床心理学には、宗教からの独立という側面もあったのではないか。
有史以来、宗教が担ってきた役割(心身の病、重要な他者との生別死別、対象喪失、社会的不適応などによる心の傷や変調と向き合い、人はいかに癒され救われ、苦悩を抱えつつもいかに生きるか等々に対応する)は、臨床心理学の扱うテーマでもある。両者は期待される役割として重複する部分を内包しながら、明らかに別個のものと認識されている。
 ロジャーズの業績には、それまで告解や牧会カウンセリングという形でキリスト教会内にあったものを、教会の依拠する神学から独立させた意義があるのではないか。この論文は、「神(超越的実在)の存在を必要とすることなしに、人間が人間と或る一定の関係を築くことによって、癒されたり救われたり人格変容することが可能である」と密かに、しかし、高らかに宣言しているように思える。神学的見地からロジャーズを再検討することにより、臨床心理学の宗教からの独立という側面が見えてくる。
引用文献
Rogers,C.R.& Haigh,G.(1983)I Walk Softly Through Life. Voices: Journal of the American Academy of Psycho-therapists, vol.18 no.4
Rogers,C.R.& Heppner,P.P. et al. (1984) Reflections on His Life. Journal of Counseling and Development,September vol.63


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