発表

1B-071

高齢患者における歩行能力の主観的評価と抑うつ感との関連 —認知機能の低下が身体機能低下の自覚に及ぼす影響—

[責任発表者] 篠崎 未生:1
[連名発表者] 柿家 真代#:1, [連名発表者] 山本 成美#:1, [連名発表者] 梶田 真子#:1, [連名発表者] 伊藤 直樹#:1, [連名発表者] 小早川 千寿子#:1, [連名発表者] 太田 隆二#:1, [連名発表者] 谷本 正智#:1, [連名発表者] 新畑 豊#:1, [連名発表者] 大島 浩子#:1, [連名発表者] 近藤 和泉#:1
1:国立長寿医療研究センター

目的
 加齢により次第に身体機能が低下していくことは,本来,きわめてストレスフルな体験である.実際,高齢者に高頻度にうつが見られ,その特徴として身体疾患との合併が多く,身体機能の低下と関連したものが多いことが様々な研究で明らかにされている(Fiske, Wetherell, & Gatz, 2009他).その一方で,加齢とともにストレスフルな状況が増加するにも関わらず、高齢者のwell-beingは低下しないというエイジングパラドックスも指摘されている.
 一般的にストレス状況での情動反応の生起において特に重要とされるのが,ストレッサーに対する主体の認知や評価である(Lazarus & Folkman, 1984).身体機能の低下と関連した抑うつ感についても,高齢者が日常での支障をもとに身体機能の低下を自覚し抑うつ感が生じると考えられる.一方,高齢者は状況判断や自覚などに関わる認知機能もまた低下していることが多く,実際は身体機能が低下している場合でも,低下が自覚されず健康的なボディイメージを保持していることで,抑うつ感に至らず,QOLやwell-beingを高く維持できている可能性も考えられる.
 そこで本研究では,急性期入院治療での長期臥床により高齢患者の多くで低下が起こる身体機能で,通常は低下の自覚がされやすく,かつ退院後の高齢者のQOLやwell-beingにおいても重要な機能である歩行能力をとりあげ,急性期治療を終え,在宅(施設)復帰に向けた治療,リハビリ目的で地域包括ケア病棟に転棟した患者を対象として,転棟時と退院時に,患者の認知機能レベルの違いによって,「歩行能力低下(客観的評価)→自覚(主観的評価)→抑うつ感(情動反応)」の関連に違いがあるのかを検討する.
方法
 対象者 地域包括ケア病棟に転棟した65歳以上の入院患者210名(82.58±6.68歳,女性135名,MMSE20.74±6.88点).
 調査項目 a)客観的歩行能力:FIM(またはFlow-FIM)の移動・移乗項目(3項目3-21点,入院前,転棟時,退院時の他者評価).b)主観的歩行能力:SF-8下位尺度「PF」.c)主観的役割能力:SF-8下位尺度「RP」.d)主観的健康観:SF-8下位尺度「GH」.b)~d)は自己評価,スコアは国民標準値を50点,SDを10点となるように変換.e)抑うつ感:GDS-15(15項目0-15点,cut-off:4/5).f)認知機能:MMSE(30項目0-30点,cut-off:23/24).b)~f)は転棟時,退院時に評価実施.
結果と考察
 患者を認知機能で2群(高群・低群,MMSE23点基準)に分け,転棟時・退院時別に多母集団同時分析で2群を比較した.
 転棟時 高群(N=92)と比べ低群(N=118)の方が,高年齢で(t(209)=3.17, p <.01),客観的歩行能力は低い(t(209)=7.26, p <.00)が,GDS-15得点は両群とも平均7点前後で有意差はなく,共に抑うつ的であった.また主観的歩行能力は,高群では転棟時の客観的歩行能力が影響していたが,低群では入院前の客観的歩行能力が影響していた.両群共,主観的歩行能力が主観的健康観を介して抑うつ感に影響していた.
 退院時 高群・低群共に,客観的歩行能力は改善し(順にt(90)=8.49, p <.00,t(117)=9.70, p <.00),両群とも主観的歩行能力は,退院時の客観的歩行能力が主観的役割能力を介し影響していたが,低群では入院前の客観的歩行能力からの影響もあった.抑うつ感へのパスは転棟時と同様であった.
 認知機能が高く保たれた高齢者では,転棟時も退院時も歩行能力をより客観的に理解し,歩けないと判断すると抑うつ感を高める可能性が示唆された.一方,認知機能が低下した高齢者では,転棟時は自己の歩行能力を入院前のより歩けていた時のイメージで理解し,抑うつ感が軽減されている可能性が示唆されたが,退院時の主観的歩行能力については,退院時の客観的歩行能力からの影響がやや強いものの,入院前の客観的歩行能力からの影響もあった.この点について,入院中に転倒への注意喚起を繰り返したことや認知機能の改善により歩行能力への理解が進んだことによる影響,退院時に実際の歩行能力が入院前の状態まで回復し,客観的歩行能力と主観的理解が一致したことによる影響,などが考えられた.
 本研究に関して開示すべき利益相反は存在しない.
引用文献
 Fiske, A., Wetherell, J. L., & Gatz, M. (2009). Depression in Older Adults. Annual Review of Clinical Psychology, 5(1), 363?389.
 Lazarus, R. S., & Folkman, S. (1984). Stress, Appraisal, and Coping. New York: Springer.

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