発表

1B-049

脳内神経伝達物質から運動知覚のメカニズムを探る

[責任発表者] 竹内 龍人:1
[連名発表者] 吉本 早苗:2, [連名発表者] 近藤 洋史:2,3
1:日本女子大学, 2:中京大学, 3:NTTコミュニケーション科学基礎研究所

目的
 神経系における興奮/抑制という作用はさまざまな視覚現象の土台となる機構として仮定されている。例えば視覚的残効(visual aftereffect)が知覚されるのは,異なる物理的刺激に同調した機構間の抑制作用によるとする説明が一般的である。こうした説明はおもに,動物の神経細胞の電気生理学的応答特性から援用されたものである。つまり,実際にその現象を体験している人間の神経系において,現象の心理的な強さと対応する抑制/興奮作用が見出されているわけではない。
 神経系における興奮/抑制作用は,神経細胞において脱分極と過分極を引き起こす神経伝達物質の種類に依存する。本研究では,視覚運動知覚に関する心理実験と,磁気共鳴スペクトロスコピー(magnetic resonance spectroscopy, MRS)による脳内神経伝達物質の濃度測定を同じ実験参加者に対して行い,両測定結果がどのように関連しているかを調べた。もしある視覚現象が抑制性機構により生じるのであれば,その現象が強く知覚される場合は,それに関係する脳部位において抑制性神経伝達物質の濃度が高いことが予測される。
 本研究ではこの仮説に基づき,運動視においてそれぞれ空間的,時間的な抑制機構の関与が指摘されている空間抑制(Tadin, 2015)および時間的同化/対比(Yoshimoto et al., 2016)において,現象の強さと脳内神経伝達物質の濃度との関係を検討した。空間抑制では,運動パターンの面積拡大と共に運動方向弁別感度が低下する。時間的同化/対比では,先行刺激の持続時間が短くなるにつれて対比が同化へと移行する。

方法
 実験参加者(N = 34)に対してまず心理物理実験を行い,空間抑制および時間的同化の強さを推定した。続いてプロトン(1H)MRSにより,興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸(Glx)と抑制性神経伝達物質であるγ-アミノ酪酸(GABA)の濃度(スペクトルの信号強度)を測定した。測定部位は,視覚運動知覚に関与するV1(第1次視覚野),V5(第5次視覚野),ACC(前部帯状皮質),DLPFC(前頭前野背外側部)とした。Siemens Magnetom Trio 3T MRIスキャナを使用した。

結果
 空間抑制の場合 運動するガボールパターン(1 cpd, 4 Hz)の運動方向弁別が可能な最短提示時間を推定し,空間抑制量は,直径10度と3度のパターンの時間比として定義した。抑制量が大きいほど,大きなパターンに対する感度が悪い。空間抑制量は,V1においてのみGlxおよびGABA濃度双方と正の相関があった。
 時間的同化/対比の場合 運動する先行刺激(0.5 cpd, 3 Hz)の停止直後に位相反転テスト刺激を提示した。テスト刺激の見かけが,先行刺激と同方向(同化)から反対方向(対比)へ切り変わる先行刺激の持続時間を指標とした。この持続時間が長いほど時間的同化が見えやすい。持続時間はDLPFCにおいてのみ,Glx濃度と正の相関があった(Takeuchi et al., 2017)。

考察
 同じ運動視ではあっても,現象が異なれば,その現象の強さと相関がある脳内神経伝達物質の種類及びその脳部位は異なっていた。つまり,運動視の時間的側面と空間的側面では関与する機構が異なる可能性が示唆された。運動視のいろいろな現象をV5における神経細胞の(おもに抑制的な)活動に帰するモデルは多いが,それが説明の全てにはなりえないことを本研究結果は示している。
 空間抑制については,V5の抑制機構がその原因であるとする仮説が有力であった(Tadin, 2015)。しかし本結果は,空間抑制量とV5のGABA濃度との間に相関がないことからその説を支持しない一方で,V1における興奮性と抑制性機構双方の関与が重要であることを示している。空間抑制量が知能指数と相関することから(Cook et al., 2016; Tadin, 2015),Glx作動系の注意ネットワークと視覚野におけるGABA作動系との相互作用が空間抑制をもたらしている可能性がある。
 時間的同化/対比に関しては,視覚野における抑制性機構ではなく,DLPFCにおける興奮性機構の関与が示唆された。DLPFCは運動速度に選択性を持つと共にそのGlx濃度が注意の強度と関連していることから(Maltezos et al., 2014),時間的同化の強さは運動視に関わる高次の注意機構の機能と関連していると考えられる。

引用文献
Cook et al. (2016) Neurosci Lett; Maltezos et al. (2014) Transl Psychiatry; Tadin (2015) Vis Res; Yoshimoto et al. (2016) J Vis; Takeuchi et al. (2017) Phil Trans Roy Soc B.

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