発表

1B-025

健常成人女性における幼少期トラウマと認知バイアスの関連

[責任発表者] 伊藤 真利子:1
[連名発表者] 林 明明:1, [連名発表者] 丹羽 まどか#:1, [連名発表者] 堀 弘明#:1, [連名発表者] 金 吉晴#:1
1:国立精神・神経医療研究センター

目 的
 虐待や自然災害などのトラウマ的出来事に曝露された後では、その出来事の侵入的想起、回避、過覚醒、認知・感情の否定的変化などの強い苦痛を伴う反応が生じやすく、一部の人々においては心的外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder: PTSD)の発症へとつながる。早期の診断・治療のために客観的で簡便な評価手法の開発が求められており、PC上で実施可能な認知心理学的実験課題でのPTSD群の反応傾向が検討されてきている。たとえば、dot probe課題はネガティブな情報に続いて提示されるプローブ刺激への反応時間によってネガティブな情報への注意のバイアスを、記憶・学習課題では再生率などによってネガティブな情報への記憶のバイアスを評価するために用いられている。
 本研究では、PTSD群における検討の前段階として、健常成人女性を対象として幼少期のトラウマ経験について尋ね、注意・記憶バイアスとの関連を検討した。幼少期のトラウマ経験に関連する可能性のある、現在の抑うつ・不安傾向についても同時に検討した。

方 法
参加者 書面での参加同意を得られた健常成人女性65名(M = 35.62歳, SD = 12.55)であった。
心理尺度 幼少期のトラウマについての自記式尺度であるCTQ(Childhood Trauma Questionnaire; Bernstein et al., 2003)を和訳したものを用いた。28項目5件法(1:「全然なかった」~5:「非常に頻繁にあった」)であり、五つの下位尺度(感情的虐待、感情的ネグレクト、身体的虐待、身体的ネグレクト、性的虐待)について得点化された(5~25点)。抑うつの評定のためにBDI-II (Beck Depression Inventory-Second Edition; 小嶋・古川, 2003)、不安の評定のためにSTAI(State-Trait Anxiety Inventory-Form JYZ; 肥田野ら, 2000)をそれぞれ用いた。
注意バイアス(dot probe課題) PC画面の上下に漢字二字熟語のペアを1000 ms間提示し、その直後、ペアのいずれかと同じ位置にプローブ(←または→)を提示し、同じ向きのキーをできる限り速くかつ正確に押すように求めた。ペアは合計56種類が使用された。うち38ペアはネガティブ語と中立語のペア(例:爆発,印鑑)であり、プローブがネガティブ語と同じ位置に出現する一致条件と、異なる位置に出現する不一致条件で提示された。また18ペアは中立語のペアであり統制条件で提示された。合計224試行であった。各条件の2SD以内の正答反応時間を分析した。
記憶バイアス(単語再認課題) PC画面上に漢字二字熟語(ネガティブ語、ポジティブ語、中立語各9語)を一つずつ(3 sec)提示して覚えるように求めた。10分程度の数字課題を行った後に再認テストを行った。再認テストでは学習語・未学習語各27語が提示された。

結 果
幼少期トラウマ経験 幼少期トラウマの五つの下位尺度のそれぞれについて回答傾向を確認したところ、身体的虐待と性的虐待は8割以上の参加者が「全然なかった」と回答した。これらに対して、感情的虐待、感情的ネグレクト、身体的ネグレクトを「全然なかった」と回答した者は3割以下にとどまり、少なからぬ人数が軽~中程度の得点であった。
幼少期トラウマと抑うつ・不安 幼少期トラウマの五つの下位尺度のうち、抑うつとの有意な正の相関を示したのは、性的虐待であった。また、特性不安との有意な正の相関を示したのは、感情的虐待、感情的ネグレクト、身体的ネグレクトであった。状態不安と有意な相関を示したものはなかった。
注意バイアスと幼少期トラウマ dot probe課題において一致条件の反応時間が、不一致条件の反応時間よりも短いことをネガティブ語に対する注意バイアスとみなし、反応時間の差を注意バイアス量(ms)として求めた。注意バイアスは感情的虐待スコアと有意な負の相関を示した(Pearson’s r = -.256)。その他の下位尺度との有意な相関は認められなかった。抑うつ・不安との有意な相関も認められなかった。
記憶バイアスと幼少期トラウマ 記憶再認課題においてネガティブ語の方が中立語よりも高いHit率やFalse Alarm率であることを記憶バイアスとみなし、Hit率やFalse Alarm率の差を記憶バイアス量として求めた。Hit率においてもFalse Alarm率においても、記憶バイアスは幼少期トラウマとの有意な相関を示さなかった。抑うつ・不安との有意な相関も認められなかった。

考 察
本研究では、健常成人女性において幼少期トラウマ経験と現在の抑うつ・不安、および注意・記憶バイアスの関連を検討した。その結果、まず、感情的虐待、感情的ネグレクト、身体的ネグレクトは比較的経験されており、これらの幼少期トラウマ経験が多いほど現在の特性不安スコアも高く回答されていた。加えて、感情的虐待スコアが高いほどネガティブ語に対する注意バイアス量が小さいという負の相関が認められた。感情的虐待スコアの高い者の注意バイアス量は負の値であったが、これはネガティブな情報からの注意の回避傾向を反映しているとも考えられ興味深い。本研究では、健常成人とはいえ、幼少期のトラウマ経験が現在の心理特性や注意課題への反応時間に影響している可能性が示唆された。PTSD群における将来の検討でも、注意課題が評価手法として有用といえるかどうかを明らかにしたい。

引用文献
Bernstein et al.(2003). Child. Abuse Negl. 27, 169-190.

詳細検索