発表

1B-016

二者の相互作用による知覚傾向の収束:心理物理的技法による検討

[責任発表者] 黒田 起吏:1
[連名発表者] 爲井 智也#:2, [連名発表者] 池田 和司#:2, [連名発表者] 亀田 達也:1
1:東京大学, 2:奈良先端科学技術大学院大学

目 的
 近年、心理学・経済学領域で、集合現象への関心が高まっている(Salganik, Dodds, & Watts, 2006)。また、情報技術の発展に伴い、各人の意思決定内容が容易に共有されるようになった今日、人々の相互依存関係は複雑化の一途を辿っている。このような状況で、バブル経済やインターネットの「炎上」に見られるような、「個人のミクロな意思決定が相互作用を通じて集積・増幅し、集団レベルのマクロな帰結を創発的にもたらす集合現象」の生起メカニズムを解明することは、社会的に重要なミッションである。このような社会的要請を受け、本研究では、各人の意思決定や価値判断が社会的に形成される際の認知過程を実験と数理モデルによって検討する。
 さて、Sherif(1936)は、以下の古典的社会心理学実験によって本研究と同様の問題に取り組んでいたと言える。よく知られているように、この実験では2, 3名の参加者が暗室内に入り、スクリーンに呈示された光点の「揺れ幅」を繰り返し回答するという課題に取り組んだ。実験の結果、参加者たちは徐々に似通った値を答えるようになった。また、その後1人で同じ課題に取り組んだ際にも、集団内で形成された値を引き続き回答する傾向が見られた。本研究の文脈に照らすと、この結果は、同一の物理刺激に対する量的判断=知覚傾向が社会的に形成され、収束したことを例証している。
 しかし、Sherif(1936)の実験は、光点の自動運動という錯視現象を用いており、実際の物理刺激量(光点の揺れ幅)は常にゼロであるため、各人の知覚傾向の収束過程を定量的に検討することができない。そこで本研究では、情報科学の技法を用いた心理物理実験としてSherif(1936)の課題をリメイクし、物理刺激量をパラメトリックに操作することで知覚傾向の収束を検証した。

方 法
 東京大学の学生83名(うち女性29名)を対象に実験を実施した。実験を通じて参加者は、ディスプレイに800ミリ秒間呈示されたドットの個数(各試行25〜55個の間でランダムに変動)を推定するという課題に取り組んだ。
 実験は以下の3つのフェーズの順に構成されていた。【1】個人フェーズ(32試行):各人が独立に課題に取り組んだ。【2】他者参照フェーズ(144試行):参加者が以下の3条件(参加者間要因)に無作為配置された。(a)ソロ:他者の推定値を全く参照できない条件。(b)リアルペア:別の参加者とペアになり、毎試行互いの推定値を参照する条件。(c)クローン:別の参加者とペアになり、毎試行互いの推定値を参照しているつもりだが、実際は個人フェーズ時の自分と同じ知覚傾向に従った数値(計算機によって生成)を見ているだけの条件。【3】個人テストフェーズ(16試行):各人が独立に課題に取り組んだ。参加報酬は課題成績にもとづいて支払われた。

結 果
 本研究では、ドット個数の知覚プロセスを、y = w × x + εとして定式化した。yはドットの個数の推定値、xはドットの個数の真値、wは各人が持つ重み付けパラメタ(知覚傾向)、εは平均0の正規分布から発生するノイズを表している。
 まず、最尤推定法を用いて、各フェーズの最終16試行のデータから参加者ごとにwを推定した。次に、各条件の参加者をペアリングし、ペア内におけるwの差分(Δw)を算出した。なお、ソロ・クローン条件では、参加者を総当り式に組み合わせることで名義的なペアを作った。リアルペア条件では、リアルペア(21組)と名義ペアの双方を作った。これらのペアごとに算出したΔwを応答変数とし、条件とフェーズを説明変数とする一般化線形混合モデル(ガンマ分布と対数リンク関数を使用)によって効果を推定したところ、リアルペアでのみ、他者参照フェーズと個人テストフェーズにおけるΔwが有意に小さいことがわかった(図1参照)。

図1.各フェーズにおけるリアルペア・名義ペアごとのΔw(エラーバーは標準誤差)。フェーズ2(他者参照フェーズ)以降、リアルペア(白)でのみΔwが減少した。

考 察
 リアルペア条件でのみ他者参照フェーズ以降のΔwが減少し、名義ペアではΔwが変化しなかったということは、二者のΔwの収束があくまで実際の相互作用によるものであり、単なる学習効果によるものではなく(各人が試行を重ねることで類似したwを独立に持つようになったわけではなく)、同時に、その影響が個人テストフェーズまでキャリーオーバーしたということを示している。この結果は、相互作用という相補的なプロセスが個人内過程に影響を及ぼす際のダイナミクスを例証しており、知覚システムの社会的形成という現象を示唆するものである。

引用文献
Salganik, M. J., Dodds, P. S., & Watts, D. J. (2006). Experimental study of inequality and unpredictability in an artificial cultural market. Science, 311, 854–856. doi: 10.1126/science.1121066
Sherif, M. (1936). The psychology of social norms. Oxford, England: Harper.

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