発表

1A-082

精神的自立—苦境を乗り越えてきた私の場合—

[責任発表者] 宮野 祥雄

問題
 精神的自立を直接の対象とし,若者の内面に焦点を合わせ,縦断的に追究した研究論文を検索できなかった。青年心理学の足場に立ち,苦境を乗り越えつつ精神的に自立してきた私の場合の回想的検討を試みる。
方法
 Sprangerの了解に則り,研究にあたる。対象者は宮野祥雄・私である。研究は2016年12月1日から続いている。
了解的探求
 【序】疎開されていた某大学病院の先生が,母に注射をうち続けてくれて私が生まれ,私にも注射をし,私は産声をあげた。私は玩具に興味を示さない幼児であった。小学校二年次に分校に移り,臭い,シラクモと言われ,椅子を引かれたり,おけいこ道具を持って行かれたりしていじめられ,登校しぶりや欠席をした(父は,いじめに萎縮しないようにとの思いからか,侠客などのことを,私に話すようになる)。先生から落ち着きを欠くと言われ,低学年の成績はほとんどの教科が“最劣”であった。 
 【精神的自立の進む過渡期】水泳にトライ 前年,私は川で命を失いかけ,小学校五年次に自己流で泳ぎにトライし,中学三年次には水泳大会の選手に選ばれた。 
 短・中・長距離 短距離走においてはいつも最下位であった私は,中学一年次の運動会で600m走に無理やり出された。兄の同級生に熱い声援をおくられ,気力で走って何人かを追い抜いた。その後,マラソンをするようになり,高校三年次のマラソン大会で走行中,自己との闘いを展開し,一・三年生約1400人中15位になった。
 知能テストの結果 中学三年次に,私の知能テストの結果が凄く良いということを,友人に言われて知り,やればできる頭をもっている,と思うようになった。
 この思いは,後の受験などに強く影響するようになる。 
 高校受験の失敗とこの乗り越え
 公立高校の受験で担任の先生の勧める高校を断って,私にとっては超難関の某高校の受験を主張。某私立大附属高校に補欠合格したが,経済的に無理,と家で言われた。主張した公立高校を不合格となり,母,担任の先生と酷くぶつかった。卒業式に出て惨めな思いをし,親にも自分にも嫌気が差して厭世的になり,薬局屋で睡眠薬を買ってきて飲んだ。
 職業高校の二次募集入試に合格し,行き場ができた。勉強して大学へ行こうと思い,本校に通ううち,本校が普通科でないということで嫌になり,専門教科や演習の授業が嫌でたまらなくなった。小学校六年次に起きた,母が死ぬ,自分も死ぬ,という強迫観念(後に記述)がぶり返した。高校の再受験を決意し,高校,中学時の担任の先生に心の内を打ち明けた。学校を休み,再受験を反対した親には学校へ行く振りをして都立の図書館に通い,受験勉強を続けた。担任の先生から退学届をだしてほしいと言われ,親に事実を話して本届を提出した。図書館に通い,翌年,二次募集で合格し,普通高校に入学した。 
 死の強迫観念・神経症の乗り越え 
 小学校六年次に遡る。家の貧困状態や,父による母への暴力が続いていた。いじめにビクビクし,ある級友に萎縮し,登・下校時に追従していた。将来のこと(進学,就職,恋愛,結婚)で強い不安状態に陥り,気持ちが落ち込んでいった。夜,夕方,雨の日,やがて曇りの日にも憂鬱になり,母が死ぬ,自分も死ぬ,という死の強迫観念が生じて苦しんだ。  
 中学一年次に学級の女子に卒業まで続く恋をし,母の強情さやいいかげんさに腹を立てて母と衝突し,家出をしたりした。萎縮し,追従してきた友人との登・下校は減少。他の同級生と,また,独りで川へ魚釣りなどや泳ぎに行き,二年次は禁止区域で泳ぎ,得意になっていた。
 嫌なことはたくさんあったが,恋や遊びに熱中していたせいか,中学時代に強迫観念に苦しんだ覚えがない。
 普通高校に入学し,大学受験を意識した勉強や学業,同じ高校の同性の友だち,恋愛の対象のガールフレンドとの付き合いの毎日を過ごすようになり,職業高校時にぶり返した強迫観念が意識にのぼらなくなっていった。
 私をいじめた同級生と対峙 
 普通高校の一年次に,歳上ということで,ある級友たちと先輩とのいざこざに引っ張り出されての決闘を機に,いじめに萎縮しないを通り越してツッパリだし,非行にはしった。ボディビルをやり,空手の訓練をし,心身を鍛えた。中学二年次に隣の席の女子に,なんで宮野におかず(給食の)をやるんだ,と言ってくってかかり,私を恫喝し,朝礼の行進時に私の踵を踏んだ男子や,職業高校を退学後,私に頭突きをくらわした,中学時代の同級生の各々と,決闘する意志のもとに対峙し,深く謝罪されて彼らを許した。
 非行からの立ち直りと大学受験の失敗の乗り越え 
 私は,ツッパリ・非行で放校処分となった。担任の先生のおかげで転校することができて理系のクラスに入った。校内のツッパリ一派に級友へのいじめをやめさせた。校内英単語試験の得点・順位が幾度も廊下に張り出された。数学が好きになり,数学の先生になりたいと思い,国立大学を受験し,不合格となった。二年目の自宅浪人中,床屋さんや兄の友達などから,なぜ働かないのかと説教され,自衛隊への入隊を勧められた。地域の方から息子さんは働かないで何しているのか,と言われる,受かりもしない受験をやめて仕事を…,と父から言われて,親のくせに苦しい状態で頑張っている僕のことをわかろうともしない…と,殺意のこもる憎悪にとらわれだした。家を離れようと思い,旅に出てアルバイトをしながら国立大学の受験を続けた。時々,家に戻ったりしていた。
 やくざグループから抜けようとして足をひっぱられたが,何とか抜けて立ち直っていく若者との交際や,親に捨てられて非行にはしったが,立ち直った若者等との出会いもあって,私は,自らの非行を反省しだした。若者の役に立つ職業,若者の立ち直りの役に立つ職業に就きたいという気持ちが強まり,背水の陣を敷き,家に戻って勉強した。翌年,自己の学力を考慮の上,国立大学教育学部を受験,合格し,入学した。
 以上の事柄から,課題に固執的に臨み,苦境を乗り越えつつ精神的に自立していく私が読み取れよう。



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