発表

1A-078

キャリア志向女性の母親としての評価とキャリアの再定義—「母性愛」信奉傾向に関する出産前後のインタビュー調査から—

[責任発表者] 江上 園子:1
1:愛媛大学

目 的
「一億総活躍」という社会の要請とは裏腹に,我が国では第一子出産後に離職する女性たちが半数を占め(国立社会保障・人口問題研究所, 2015),女性の就労状態を描いたM字カーブも維持されている(高橋, 2013)。子どもがある程度の年齢になってからの復職にしても,ほとんどはパートタイムの就労であり,第一子の妊娠・出産が女性たちの人生のひとつの分岐点になるとも言える。実際に母親研究の中でも産前産後の時期こそ,ひとりの女性がまさに「母親になっていく」クリティカルな時期であり,海外の多くの研究もその時期の変化を取り上げている(例えばLupton, 2000; Miller, 2007など)。それではその大きな変化のなかで,「男は仕事,女は家庭」という理念や男女間の不平等を否定しキャリアへの意欲を持っている女性が第一子出産後に感情的に揺さぶられ,再生産役割に意義を見出していくプロセスは想定できるであろうか。個人内のダイナミックな変容や微細なニュアンスをつかむにはインタビュー調査による質的な分析を用いて個々の背景や特徴を探ることが重要である(Smith, 1997; Rubin & Rubin, 1995)ことから,産前と産後に女性の母親意識やキャリアへの意欲について問うことで女性たちの変化が詳細に描けると考えられる。本研究では「母性愛」信奉傾向(江上,2005, 2007)を取り上げ,キャリア志向の初産女性たちが「母性愛」信奉傾向と自分のキャリアについてどのように言及するのか,いくつかのパターンが見られるのか,母親たちの語りの推移の検討を行う。キャリア志向の女性の産前産後の意識の変容を捉えることで,第一子出産後の女性における就業継続や断絶にかかわる要素を考えたい。
方 法
対象者 第一子を妊娠中(出産後)の女性10名。平均年齢は32.2歳(SD:2.94, 範囲:25-36)で就業状態は休職中(身体的な不調による一時的な休職)が1名, 常勤職(産休中)が9名であった。産前は安定期以降で女性の体調の良いとき,産後は出急激な体調の変化や乳児との生活が落ち着く頃と想定される時期のうち,対象者が可能な日程を設定した。
調査項目 質問紙でフェイスシート項目と「母性愛」信奉傾向尺度13 項目(江上, 2005, 2007)を5件法で評定させた。面接調査は半構造化面接を用いた。はじめに質問紙について回答を求めたうえ,「母性愛」信奉傾向尺度についてどのような印象を持ったか,その理由やそう感じるに至った関係するエピソードも含めて自由に語ってもらった。さらに,自分のこれまでのキャリアと今後の予定について,動機づけや職務内容,人間関係なども含めて回答を求めた。
結 果  と  考 察
 対象者の語りについて逐語録を作成し,主題分析(thematic analysis)のうち,Braun & Clarke(2006), 土屋(2016)を参考に帰納的な方法で分析した。具体的には,データを一定の文章や段落のまとまりに分類し,それぞれをコード化していく中で共通するテーマを見つけていく帰納的な分析方法である。女性たちの語りの特徴を概観した結果,3群に分類することにした。産前は10名すべてが産後の職場復帰や仕事と家庭を両立した生活を志向していたにもかかわらず,産後にはグループで異なる様子を呈している。その背景には1.出産前後の変化の自覚や2.母親としての自分の評価があり,3.自分のキャリアの再定義>につながっている。
群の分類においては,コード化の際に女性たちの「(『母性愛』信奉傾向の)印象が変わった」という自発的な言及や自覚している大きな変化に着目し,該当する女性をその語りの内容から「家庭重視群」と命名した。この女性たちの特徴としては,<大きな変化>を4名全員が経験し,母親としての自分を<優しくなれた自分>(2名),<我慢できてしまう自分>(2名)と肯定的に評価している点が挙げられよう。その他,重要な点として<職場復帰の再考>(1名),<職場復帰の遅延>(3名)というように,妊娠中には職業への復帰を前提とした子育てについて語っていたにもかかわらず,キャリアについては復帰を遅延させたり退職を迷い始めたりする姿勢を見せている。次に,早い職場復帰を表明した3名を「仕事復帰希望群」と命名した。彼女たちは,自分のキャリアについて<早期の復帰希望>を全員が表明し,自分の母親としての姿について2名が<家庭に向かない自分>と評価している。また,全員が<仕事の意義の確認>を行っており,自分にとっての仕事の重要性に改めて言及し肯定的に再評価していることも面白い。最後に産後に家庭重視の語りや早期の職場復帰の意向も見られなかった女性たちを,その語りの内容から「両立志向群」と命名した。彼女たちは出産前後の<小さな変化>については言及しても(2名),<大きな変化>は全員が認知していない。また,母親としての自分についても全員が<適当にこなしている自分>という評価である。キャリアに関しては「仕事復帰希望群」と異なりキャリアの重要性や自分にとっての仕事の意義に言及することはないが,2名が<職場への感謝>言及をしている。なかでも,先述した2群とは異なり,3名全員が<ゆるやかな両立予測>を行っており産後も仕事は続けながらもコミットメントはそれほど高い状態では求めていないことも特徴的であった。
このように,産前のキャリア志向や産後も含めた家族との関係なども比較的等質である協力者の集団においても,「母性愛」信奉傾向への印象変化を経験しながら(あるいは変化せずに)産後に母親としての自分を「発見」・評価し,自分のキャリアの再定義を行うという連動により,母親業とキャリアに対する姿勢が異なってくるということ,そして実際のキャリアパスからもそれが産後の復帰の時期の遅延や退職という選択にも影響を与えうるということが示唆された。
付 記
 本研究は科学研究費・若手研究(B)・23730616による助成を受けたものである。

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