発表

1A-069

上下のメタファーで顔表情の認識が亢進するか

[責任発表者] 大隅 尚広:1,2
[連名発表者] 山根 嵩史:3
1:国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所, 2:慶應義塾大学先導研究センター, 3:広島大学

目 的
「激昂」や「落胆」などのように,感情にまつわる概念は上下方向で言語化される。Lakoff & Johnson (1980) の概念メタファー理論によれば,抽象的概念は感覚的な経験やイメージと結びついて体系化されており,そのため,感情を表現する際に上下方向がメタファーとして機能すると考えられる。
したがって、他者の表情についても,メタファーを用いればその理解が亢進される可能性がある。また,サイコパシーの対人・感情面(一次性)は共感性の問題が指摘されており(Blair, 1995),メタファーによる他者感情の理解を困難にすることが予想される。そこで本研究では,上下メタファーを用いた顔表情の識別について,共感性との関連を検討した。

方 法
実験参加者 大学生31名(男性15名,平均年齢18.84歳(SD = 0.37))が課題1に,大学生30名(男性11名,平均年齢18.83歳(SD = 0.46))が課題2に参加した。
課題 参加者はキーボードの矢印キーを反応ボタンとして顔表情を識別する課題を行った。課題1は喜びと悲しみ,課題2は怒りと悲しみの識別であった。
各課題において,顔表情に対して反応するボタンと反応する手がブロックごとに変化した。最初の2つのブロックでは,識別作業の成績のベースラインを捉えるために,左手で「左」キー,右手で「右」キーを用いて2種類の表情に反応した。後の4ブロックでは,一方の表情に対して「上」キーで反応し,もう一方の表情に対しては「下」キーで反応するパターンと,逆に,一方に対して「下」,もう一方に対して「上」で反応するパターンがあり,それぞれの反応パターンにおいて,「上」を左手で,「下」を右手で押すブロックと,逆に,「上」を右手で,「下」を左手で押すブロックがあった。
各ブロックは20試行からなり,10名のモデルの2つの顔表情がランダムに提示された。各試行では,画面中央に注視点が0.5s提示された後,顔画像が反応があるまで提示された。試行間間隔は1sであった。
質問紙 共感性の尺度として、対人反応性指標(IRI: Davis, 1980; 桜井, 1988)とレヴェンソン自己報告式サイコパシー尺度(Levenson et al., 1995; 杉浦・佐藤, 2005)を用いた。

結 果
反応時間(RT) 1つの条件で誤反応が半数以上あった参加者を除き,表情×反応ボタン×反応する手の被験者内3要因
分散分析を行った。課題1では表情と反応ボタンの交互作用が有意であった(F(1, 30) = 14.59, p < .001)。喜びには「下」よりも「上」で反応する方が速く,悲しみには「上」よりも「下」で反応する方が速かった(Fig. 1A)。課題2でも表情と反応ボタンの交互作用が有意であり(F(1, 23) = 5.44, p < .05),怒りに対するRTは上下の差が有意ではなかったが,悲しみに対しては「上」よりも「下」の反応が速かった(Fig. 1B)。
相関関係 ベースラインとの差分RTと共感性の関連について検討した結果,課題1では,悲しみに対して「下」で反応するときに,IRIの得点が高いほどRTが短くなり(r = −.56, p < .01, Fig.2A),一次性サイコパシーが高いほどRTが長くなった(r = .40, p < .05)。課題2ではRTと共感性に関するパーソナリティとの間に有意な相関は認められなかった。ただし,課題2の誤反応数について検討した結果,悲しみに対して「下」で反応するときにIRIの下位尺度の「共感的配慮」が高いほど誤反応が少なく(r = −.40, p < .05),一次性サイコパシーが高いほど誤反応が多かった(r = .42, p < .05, Fig. 2B)。

考 察
喜びと悲しみにはそれぞれ「上」と「下」の反応が促進され,メタファーが他者感情の処理を促すことが裏づけられた。ただし,怒りについては上下と明確な関係が見出されなかった。怒りは不快感情であると同時に覚醒度の高い感情であるため,「下」だけでなく「上」にもあてはまるのかもしれない。
共感的であるほど悲しみに対する「下」の反応が選択的に促進された。このことから,共感性は悲しみ表情の認識それ自体を向上させるというよりも,他者の悲しみの表情がもつ否定的な意味の処理を助長すると考えられる。したがって,本研究の結果は,「下」への反応が「落ち込んでいる」他者への共感の情報処理を反映するということを示唆する。

引用文献
Blair, R. J. R. (1995). A cognitive developmental approach to morality: investigating the psychopath. Cognition, 57, 1–29.
Lakoff, G., & Johnson, M. (1980). Metaphors We Live By. University of Chicago Press.

Fig. 1. 各表情に対する反応時間(A: 課題1; B: 課題2)。

Fig. 2. 共感性との相関関係(A: 課題1の悲しみ・下条件の反応時間; B: 課題2の悲しみ・下条件の誤反応数)。

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