発表

1A-067

目標階層構造における目標間の葛藤と統合

[責任発表者] 伊藤 忠弘:1
1:学習院大学

目 的
 目標や願望,欲求とその達成手段は階層構造をもって認知的に表象されていると仮定できる。すなわち上位の長期的・抽象的目標がより下位の近接的・具体的な手段と結合し,さらにその手段の実現を目標としてその手段が結合するといった具合である。目標階層における上位の目標が複数存在している場合,目標を達成する手段が明らかであっても,個人の時間や投資できる労力には限界があるため,必然的に目標間に葛藤が生じうる。よって複数の目標を同時に達成しうる手段が有効となる。これはいわば一石二鳥の関係であり,複終局性(multifinality)と呼ばれる(Kruglanski et al.,2016)。目標階層構造がこのように表象されているならば,目標間の対立は葛藤として意識されないと予想される。
これまで目標階層構造を検討した研究は限られる。これは様々な方法論的難しさに起因していると考えられる。本研究では,個個人に固有な目標や手段を産出させ,カード化することで視覚化し分類させるという作業を行わせ,その後,面接により目標−手段関係の説明を求める。最終的に目標間の対立と葛藤,および統合の様態について検討する。
方 法
研究参加者 大学生19名(男性14名;女性5名)(データの欠落により1名は価値の葛藤の意識の分析より除外)
手続き(1)5年から10年先の,自分にとっての目標(こうしたい,こうなりたい,こうありたい,こうならなければいけないといったこと)を10枚のカードに1個ずつ記述させた。続いて人生を生きていくにあたって大切にしていること,自分の価値観や人生観を5枚のカードに1個ずつ記述させた。ここでは前者を「目標」,後者をより上位の目標として「価値」とする。目標にその重要性について5段階で自己評定させた。
 (2)上記のカードを用いて,その達成が価値を充実・実現させるために役に立つと考えられる目標を,5つの価値それぞれについて 10個の中から全て選択させた。そしてどのように役立つかについて説明を求めた。さらに目標については実現可能性を5段階で評定させた。(その他の評定については,今回の分析では扱わないため割愛する)。
 (3)5つの価値について対立している,両立が難しいという関係にあるものを選択させ,その対立がどのようなものかの説明を求めた。
結 果
価値の葛藤の意識 18名中8名から9つの価値の葛藤が報告された。その内容は,「人にやさしくする」と「自分に正直でいる」の間の葛藤といった,人間関係や他者に対する態度と自己の葛藤が4ケース,仕事と家庭の葛藤が2ケースあり,他に「今を生きる」と「細かく考える」,節約と趣味,他者との楽しい時間と自分の努力ややりがい,が挙げられた。価値の内容は,(1)挑戦や自己成長(13%),(2)一人の時間や趣味 (8%),(3)人間関係や他者に対する態度(31%),(4)金銭,出世(5%),(5)「自分に正直でいたい」,「悔いを残さない」など自分に向けられた意識や態度(14%),(6)「時間を大切にする」など行動指針(16%),(7)その他(14%)に分類されたが,(3)と(5)ないし(1)の間の葛藤が1つの典型と考えられた。
目標と価値の結合 目標1つあたりの価値との結合数は,平均値1.6,標準偏差0.9であった。参加者間の比較では,最大で3.9,最小で0.4であった。また複終局性のパターン(1つの手段を媒介に2つの目標が結合している)の数は平均14.6,標準偏差17.5で,16名が20以下であるのに対して2名が50以上と個人差が大きかった。結合数との相関は.95であり,複終局性のパターン数は結合数に影響されていた。終局性パターン数と価値の葛藤の意識の関係は明らかではなかった。例えば終局性パターン数が0の場合でも,価値の内容が類似しており,当事者も葛藤を報告しないケースがあった。
複終局的な手段の内容 先に挙げた他者に対する態度と自己についての価値の葛藤の4ケースのうち2ケースでは複終局的な手段(目標)は報告されなかった。残りでは複終局的な手段が存在し,「人にやさしくする」と「自分に正直でいる」の対立では「今と同じくらいの友達付き合い」,「自分の意見を言う」と「平和に過ごしたい」の対立では「コミュニケーション障害を治すこと」が挙げられていた。ただし実現可能性は低く評価されていたため(5段階評定で3と2),葛藤が意識されたかもしれない。複終局的な手段による異なる目標の統合という考え方は,目標間に差異があることが前提となる。初めから5つの価値内容が類似しているなら,複終局性パターンが多く見られ,対立がないとしても,価値の統合と見なすのは適当とは言えない。そこで葛藤を報告しなかった10名について,上記と同様の「人間関係や他者に対する態度」と「自分に向けられた意識や態度」ないし「挑戦や自己成長」の価値が挙げられているケースを調べ,複終局的な手段の有無と内容を確認した。その結果,「縁を大切に」することと「新しいことにチャレンジ」することの手段として「社会人として自分自身が必要とされる人物に」なること,「他人のために役立つこと」,「人を良好な関係を築くこと」と「自分の心に正直になること」の手段として「先輩・上司から頼られる,期待される」「後輩に慕われる,尊敬される」が挙げられていた(実現可能性はいずれも3)。
考 察
価値と目標の2層において適切なレベルの内容を挙げられるようにすることが個人間の比較のためにも重要な課題である。目標の内容が抽象的であったり,価値の内容が具体的であったりすると,結合の測定値が過大評価される。また結合数,終局性パターン数のどちらもそれだけでは,価値の統合の指標としては不十分であることが示唆された。結合数を非常に多く挙げる参加者も見受けられたため,目標の階層構造の測定にはさらなる工夫が必要である。

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