発表

1A-044

固視反復作業におけるサッカード加減速の非対称性

[責任発表者] 早見 武人:1
[連名発表者] 松尾 太加志:2, [連名発表者] 福田 恭介:3, [連名発表者] 志堂寺 和則:4
1:岡山大学, 2:北九州市立大学, 3:福岡県立大学, 4:九州大学

目 的
 視野の中で小さな文字でも読めるほど高解像度の部分はごく僅かで,私たちが広い視野で高い視力を得ることができているのは,眼球が頻繁に回転を繰り返しているためである。代表的な眼球運動の一形態であるサッカードは日常生活において頻繁に発生し,私たちの視覚が形成される過程で重要な役割を果たしている。
 一回のサッカードの開始から終了までの眼球回転の様子を記述すると,外眼筋によってトルクが働くことで回転方向への角加速度が生じる。その後しばらく回転速度が増加するが数十ミリ秒後には最高速度に到達し,今度は逆回転方向へのトルクが働き始め,回転速度は減少し,静止状態に戻る。
 Abrams et al. (1989)は,この一連の過程について,サッカード開始から最高速度到達までのトルクの時間変化と,最高速度に達してからサッカード終了までのトルクの時間変化が,速度最高点を中心として対称であるという仮説を述べているが,同時にその必然性がないとも述べている。眼球は外眼筋や眼瞼といった周囲の組織に囲まれて眼窩の中に収まっているため,眼球と周囲の組織との間にはトルクに対して非線形な摩擦抵抗が想定される。非線形性が十分強ければ眼球回転の加速時と減速時では角加速度の時間変化が異なると考えられる。そこで本研究ではハイスピードカメラを用いてサッカードを撮影し,最高速度時点前後の加減速の時間特性を比較した。
方 法
実験協力者:大学生または大学院生の20代男性9名であった。中村氏ひらかな万国式近点検査表を用いて矯正視力を測定したところ,全員の視力は0.7相当以上であった。
実験手続き:実験協力者はMilesの利き目テストで優位とならなかった方の目の視界を遮るためのゴーグルを着用したのち背もたれが上がった状態の電動介護用ベッド(ATEX製)に後頭部と背中を付けた状態で座り,600 mm前方の灰色の画面を注視した。画面の中心と中心から水平方向左に約5°離れた位置には直径約1°の円が表示され,円内には一桁のランダムな数字が1秒間ずつ交互に表示された。実験協力者に与えられた課題は,いずれかの位置に数字の0が表示されたらすぐに利き手に持ったボタンを押すことであった。
装置:刺激はパソコン(HP製)によって制御し,22型モニタ(iiyama製)に提示した。実験協力者の手元の直径30 mmの円形押しボタンは信号変換器(テクノツール製)を介して刺激提示用パソコンに接続した。モニタの下にはハイスピードカメラ(DITECT製HAS-L1)を設置し,レンズの周囲には中心周波数850 nmのリング型赤外線照明(アイテックシステム製)を配置した。レンズの前面は可視光カットフィルタ(Kenko製)で覆い,赤外領域が強調された映像が撮影されるようにした。課題遂行中の眼球の画像は解像度640×480ピクセル,フレームレート300 Hzでカメラに接続されたカメラ制御・録画用パソコン(VISUAL TECHNOLOGY製)に約80秒間録画した。
分析:実験終了後,録画画像は,画像処理ソフトウェア(National Instruments製Vision Builder AI)により処理された。円形輪郭検出アルゴリズムを用い,画像中の暗瞳孔とリング型赤外線照明が角膜表面の反射により形成する円形の角膜反射像を検出し,それぞれの中心点を算出した。こうして得られた2個の中心点間の相対距離は眼球の回転角に比例するので(Merchant et al.,1974),録画画像すべてについてこの相対距離を求めその水平成分を時系列データにすると,眼球の水平回転の時間変化を表す波形が得られた。課題遂行中の波形はおよそ矩形波となり,サッカードは矩形波の立ち上がりまたは立ち下がりとして記録された。
 記録されたサッカード波形の中から途中に瞬目や上眼瞼の下降等による円形輪郭検出エラーを含まないものを選び,一回のサッカードの中で速度が最高となった点を基準としてその前(前半)とその後(後半)それぞれ30ミリ秒ずつを抽出し加算平均処理を行った。
結 果
 サッカードの加算平均波形に対する2次関数の近似式を求め,その2次の項の係数の絶対値から回転の角加速度を得た。平均角加速度はサッカード前半では17 rad/s2,後半では27 rad/s2となった。角加速度について回転方向(内転または外転)とサッカードの中での時間帯(前半または後半)を要因とする分散分析を行ったところ,時間帯の主効果について後半の方が有意に高かった(F (1,32) = 4.14, p < 0.01)。回転方向の主効果や交互作用は有意でなかった。一方近似曲線の決定係数は前半よりも後半の方が高かった。
考 察
結果より,2次関数モデルの範囲内においてはサッカードの加速よりも減速の方が急激であるとみなすことができ,非対称であることが示された。ただし加速の方が決定係数が低かったことは加速過程が二次方程式では表し得なかったことを示しているとも言える。この現象の解釈を摩擦に求めるならば,静止状態から加速する際に働く静止摩擦係数の方が減速の際に働く動摩擦係数よりも一般に大きいため,加速時は眼球にかかるトルクが眼球の角加速度に反映されるまでに時間がかかり眼球の加速がトルクに対して緩やかになると考えられる。一方減速時の眼球の角速度は比較的忠実にトルクを反映しているものと推察される。
引用文献
Abrams, R. A., Meyer, D. E., & Kornblum S. (1989). Speed and accuracy of saccadic eye movements: characteristics of impulse variability in the oculomotor system. Journal of Experimental Psychology, 15, 529-543.
Merchant, J., Morrissette, R., & Porterfield, J. L. (1974). Remote measurement of eye direction allowing subject motion over one cubic foot of space. IEEE Transactions on Biomedical Engineering, 21, 309-317.

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