発表

3C-083

アンカーポイントとしての生徒のメンタルヘルス 小学校での自殺予防教育プログラムGRIPの実践

[責任発表者] 川野 健治:1
[連名発表者] 川本 静香:1, [連名発表者] 堀 優太#:2
1:立命館大学, 2:横浜国立大学

目 的
 1998年に急増したわが国の自殺率は、近年急増前の水準に戻ったが、その中で若年層の自殺率が下がりにくいとして、課題となっている。私たちのグループでは中学校で実施する自殺予防教育プログラムGRIP(川野,2015)を開発に取り組んできた。GRIPはGradual approach段階的アプローチ、Resilience抵抗力・回復力を身につける、In a school setting学校環境において、Prepare scaffolding足場作り(身近な人との相互交渉による学習を可能にする環境づくり)、の頭文字をとった名称である。このプログラムの目標は、学校での援助の成立で、二つのルートが想定されている。一つ目は「困難を抱える本人による大人への援助希求行動で、これが成立するために必要な働きかけは「相談しなさい」と励ますことではない。特に、自傷・自殺行動を選ぶ個人は、おそらくなんらかの理由で適切な援助希求行動が妨げられているのである。GRIPでは感情コンピテンス、相談相手の選択、相談環境に焦点を当てた学習機会を提供する。
また二つ目のルートは「友人同士の二者関係から大人を含む三者関係への移行」である。若者は相談対象に大人ではなく友人を選ぶ傾向があることが知られている。そこで自傷・自殺関連行動をしている友人を大人に「つなぐ」ことがその予防として有効であると考えられる。友人のために行う行動=向社会的行動の発達的変化を想定することから、二者関係から三者関係への移行について時間を割き、まず前提としての他者の気持ちに気づく=視点取得のゲームを通して経験し、大人へのつなぎが望ましい行動であることをECOの原則(enter向かい合う、choice責任ある判断をする、open大人に関係を開く)として定着を図るとともにDVD視聴やグループワークを通して能動的に学習する。
 2014年に埼玉県A市より、市の自殺対策の一貫として、小学校で自殺予防教育を行いたい(ただし、自殺という言葉自体は生徒に聞かせたくない)との依頼があった。これに応じてGRIPの小学生バージョンを作成した。表現を小学生向けに変更し、グループワークの内容を変え、記憶の定着を図るために、手遊びを開発した。ここで特に重要なことは、オリジナルのGRIPが中学校での5コマ実施(のちにショートバージョンも開発)であるのに対して、A市の提案が、学校公開日に二コマ連続で実施するというものであり、授業風景を保護者や地域の人も聴講できる形態であったことである。つまり、この場は家庭、地域、学校の連携の機会になる可能性があると考えられた。
本研究では自殺予防教育プログラムGRIPの小学校版による「生徒のメンタルヘルス(目的は自殺予防ではなく、メンタルヘルスの向上であると生徒も保護者も伝えられている)」を考える機会が、学校公開日に提供されることから、学校と家庭をまたぐメゾシステム(Bronfenbrenner,1979)として機能し、保護者にとってメンタルヘルスへの意識を高めるアンカーポイント、すなわち「人間とその環境との間の相互交流を促進するような人間—環境システム内の要素」(Koizumi,2000)となる可能性について検討する。
方 法
 小学校版GRIPは2014年から毎年2校ずつ(それぞれ5年生もしくは6年生が)実施されている。本稿では2015年10月および11月に実施したA市B小学校(5年生児童47人とその保護者および地域から参観者)、C小学校(6年生児童113人とその保護者)での直後のアンケート結果を報告する。なお、生徒は事前アンケート、授業後アンケート、三ヶ月後アンケートに回答し、プログラムの定着を確認している。また授業を参観した保護者には、授業直後に簡単なアンケートに回答してもらっている。
結 果
 直後のアンケートにおいて、生徒の99%が良く分かったあるいは大体分かったと回答しており、また、対処行動について考えることができたのは88%であり、おおむね好評であった。しかし、「こころが苦しくなったとき、友達や大人に相談したいは66%にとどまり、今後の課題である。他方、保護者の97%が授業内容について、とても良いと良い、を合わせると97%となり、こちらも好評であるといえる。
 その中で「家庭でも授業の内容について、子供や家族と話し合いたいと思うか」という項目には、思う97%であった。また、自由記述の中には「思っていたよりもしっかり物事を捉えているのに少しびっくりしました。父親より母親を頼りにしてくれているので、しっかりと向き合って相談に乗りたいと思いました。」「とても大切な話を画像やフレーズを使ってわかりやすく、大人の私にも理解がよくできました。これから難しい時期になった時、悩んだ際にこの授業を思い出してほしいと思います。思い出せたら、本日参加した私も共通認識ができます。参加してよかったです。」等と生徒へのプログラムを受けて、家庭で子供と共有したいという感想が複数寄せられた。
考 察
 学校公開日での学外者の授業が、生徒と保護者の間で話題になることは、必ずしも珍しいことではないが、97%の保護者が家庭でも話したいとしたことは注目できる。学校公開日に外部の専門家から提供される生徒のメンタルヘルスへの配慮は、保護者の関心事でありながら、主要教科のように学校の専有性が見出されにくい。GRIPの内容は具体的で平易なので、生徒と家庭の保護者が共通の土台で関心を向けるだけの「余白」があり、あるいは、学校公開日だけという「未決」の印象も残る。これらは、第一次アンカーポイントの機能の要件になり得るのだとすれば、今後の実践では、保護者への働きかけの方法について工夫する価値がある。オーストラリアのあるNPOは「すべての学生の心の健康は、学校の成功のための重要な基礎」と主張しているのである。

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