発表

一般研究発表(ポスター)
1AM-068

横瀬のベクトル場の構想について

[責任発表者] 伊東 三四:1
1:徳島大学

問題の所在
名古屋大学文学部心理学研究室の創設者である横瀬善正教授(以降敬称省略)が、ゲシタルト心理学の提唱者の一人、W.ケーラーの心理物理同型論を踏まえ、視知覚の理論は場の理論であるべきであるとして、視知覚の場のポテンシャルを求める基本公式とベクトルを求める基本公式を構成し、視知覚研究に数学的な解析の道を拓いてすでに60余年が経過した。
ポテンシャル場の理論は、当初横瀬が提唱した電磁気学におけるビオ・サヴァールの式をモデルにした公式に代わって、視覚に関する神経生理過程における興奮と抑制反応を踏まえた、正規確率密度関数を用いた公式が使われるようになり、より精巧な理論として発展した。
それに対して、ベクトル場の理論は、横瀬の画期的な意図による錯視現象への適用の努力にもかかわらず、その継承発展が見られず、錯視現象の研究はいまも現象の特徴、多様性、面白さを見つけることやその定性的解釈に終始しているように見受けられる。
横瀬のベクトル場の構想が継承発展されなかった理由は、ポテンシャル式とベクトル式の関係における横瀬の画期的ではあるが、独創的ともいえる恣意性にあったと考えられる。
横瀬におけるポテンシャルとベクトルの関係
横瀬は、「図形の近くに投入した小点のずれの方向は、等ポテンシャル線に大体直交すること、およびずれの大きさ(ベクトルの大きさ)は場強(ポテンシャル)の勾配が急なところほど大きいことを実験的に明らかにすることができた。」と述べている。また、「力の方向は、図形の両端を見込む角の二等分線上にあり、その向きは図形の方向に向かっている。」と述べ、ベクトル式を構成する重要な要素とした。
 しかし、図形を見込む角の二等分線が図形の等ポテンシャル線に直交するという関係は一般的には成り立たない。
物理数学におけるポテンシャルとベクトルの関係
 いま位置座標(x,y)を与えるとき、何らかの力の大きさが定まる関数をポテンシャル関数という。φ(x,y)で表す。それに対して、力の大きさと方向が定まる関数をベクトル関数という。ベクトル関数は∇φ(x,y)で求まる。ここで、 ∇=(∂/∂x+∂/∂y) は偏微分∂/∂xと
∂/∂yをx,y成分とするベクトル演算子であり、ナブラ演算子とよばれる。そして、(1)ポテンシャル関数の勾配∇φ(x,y)は、ポテンシャルが最も急激に変化する方向を向いている。(2)ポテンシャルの勾配∇φ(x,y)は、等ポテンシャル線(φ=一定の曲線)に垂直である。以上が、物理数学におけるポテンシャルとベクトルの関係である。
∇φについての少し詳しい説明
(1)いま関数φ(x,y)が一つの曲線上で定義されているとする。その曲線上の1点Pから他の点Q(x,y)までの距離をsとすると、曲線上の点Qは、 r=r(s)=x(s)+y(s) で表される。したがって、合成関数の微分規則により、 dφ(x(s),y(s))/ds=(∂φ/∂x)・(dx/ds)+(∂φ/∂y)・(dy/ds)=∇φ・(dr/ds)となる。ここで、dφ/ds は方向微分係数とよばれる。ベクトル dr/ds は曲線の単位接線ベクトルである。
tと略記する。tと∇φとの間の角をθとすると、スカラー積の定義より、 dφ/ds=|∇φ|・cos(θ) となる。
よって、θ=0のとき dφ/ds は最大値|∇φ| をとる。すなわち、∇φはφが最も急激に変化する方向を向いている。
(2)等ポテンシャル曲線を、sをパラメーターとして、
r(s)= x(s)+y(s) で表すと、曲線は φ(x(s),y(s))= a である。両辺をsで微分すれば、    dφ(x(s),y(s))/ds=0=(∂φ/∂x)・(dx/ds)+(∂φ/∂y)・(dy/ds)、 すなわち点Pの位置ベクトルをrとすれば、 ∇φ・(dr/ds)=|∇φ|・
|dr/ds|・cos(θ)=0 、したがって θ=π/2 となり、ベクトルdr/dsは点Pにおける曲線に対する接線であるから、∇φは φ(x,y)=一定 の曲線、すなわち等ポテンシャル線と垂直をなしていることになる。
まとめ
 横瀬のベクトルの公式は、次の2つの原理1と2とから構成されている。すなわち、図形の近傍の1点におけるベクトルは、1その点から図形の両端を見込む角の二等分線上で図形の方向を向く。2その大きさはその点から図形の両端に向かうポテンシャルの大きさに相当する分ベクトルの力学的合成によって求まる。しかし、1はベクトルが等ポテンシャル線と直交する方向に向くという関係に対応しない。2は事実認識としても、力学的・数学的にも根拠がない。
 しかし、数学論理において正しい知識が必ず事実に当てはまるとは限らないし、横瀬の独創的な思い付きが必ずしも間違っているとは断定はできない。
 いま錯視の科学をさらに精度の高い科学にするためには、数学的解析と照合するに耐えるべく、実験装置、実験条件、測定方法を整え直した実験がなされることが必要なのではなかろうか?
なお発表当日に、詳しい解説資料を配布する予定である。
参考図書
 横瀬善正著 視覚の心理学 1956(初版)、1968(改定版) 共立出版
 和田陽平・大山正・今井省吾編 感覚+知覚ハンドブック 1989 誠信書房
 後藤倬男・田中平八編 錯視の科学ハンドブック 2013 東京大学出版会
 和達三樹著 物理のための数学 2001  岩波書店

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