演題情報

災害と透析セミナー

開催回
第59回・2014年・神戸
 

阪神淡路大震災~二十年を迎える都市型巨大災害~破壊された透析施設 透析スタッフとして

演題番号 : SaigaiS-3-A

秋山 茂雄:1

1:(特医)五仁会住吉川病院

 

震災当時、当院は神戸市東灘区の中心を流れる住吉川と国道2号線とが交わる南東の位置にあり、地上4階建の東館と3階建の西館(本館)だった。
透析室は西館の2階に第一透析室30床、第三透析室15床、3階に病棟透析室6床、東館1階に第二透析室27床、計78床の透析ベッドがあった。
地震で西館2階にある透析機械室の水処理装置1台一式と多人数用透析液供給装置2台、A原液タンク、B原液溶解タンクが転倒するなどして全てが破壊された事により第一、第三透析室、及び病棟透析室への透析用水と透析液の供給は不能となった。
東館1階にある透析機械室は、機器の若干の移動により配管の破断が数ヶ所あったが装置の破損はなかった。
施設全体の被害は、ライフライン(電気・ガス・水道)の停止、院内設置備品の転倒破損、電話(内線を含む)通信不能、冷暖房室外機の転倒破損、施設内の給水管破断による院内各所の浸水などがあり、月曜日から土曜日の毎日2クールで治療をしていた通院血液透析患者274名の透析治療は全て不能となった。
震度7という激震に襲われた東灘区だけで1400人超の方々がお亡くなりになられ、建物が倒壊しなかった当院へは、救急車や自家用車、畳や戸板に乗せて運び込まれる近隣の被災負傷者、死者の対応に全職員が追われて、一見元気に見える透析患者の対応が後回しになった。
患者診察と被災状況は、透析以外の救急患者の対応が発生からの1週間で200名以上、死亡診断書、及び死体検案書発行236件。又、透析受入先の施設数と移動方法は、地震発生から4日後の東館1階第二透析室(27床)が稼働するまでの間、受け入れて頂いた透析施設は述べ92施設。その内、自力で他施設へ移動した患者さんを除き、当院から警察・消防・自衛隊などの車両で搬送して頂いた患者数は延べ187名だった。
地震発生から13日後の30日より、残る第一透析室(30床)と第三透析室(15床)が稼働し、ライフラインの復旧は、電気5日後・水道14日後・ガス44日後だった。
備えのなかった透析病院が都市型巨大災害にどのように対処したのか報告する。

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