演題情報

シンポジウム

開催回
第56回・2011年・横浜
 

透析中止と看護師~BSC(best supportive care)と看とりの腎不全看護~

演題番号 : SY-13-6

水内 恵子:1

1:福山平成大学 看護学部看護学科

 

透析を受けることなく全身が膨れ上がり、それから少しずつ細くなり意識も遠のいて逝った祖母は70歳だった。35年前、糖尿病の70歳の女性の導入は殆ど例がなかった時代である。一方、妊娠中毒症後40歳後半で腎不全となり「死んでいいから透析はしない」と病院から逃げ回っていた叔母は、その後も肺がん、脳腫瘍ほか様々な疾病まで抱えながら、姉妹の誰よりも充実した生活を送り血液透析歴25年を超えた。しっかりと自己主張(自己決定?)し、介護を受けながら透析生活を送る叔母には、常にそれを受け容れサポートしてくれる医師や看護師など大勢の透析医療スタッフがいた。もし、祖母が透析導入していたら、プライドの高い祖母はきっと、介護をうけなければならなくなった自分を受け容れられなかったろうし、家族は高齢の祖父も抱えて介護が容易ではなかっただろう。もし叔母が透析導入しなかったとしたら、確実に叔母や家族の25年はなかったし、生活を看てサポートしてくれる医療スタッフがいなければ、叔母の透析生活は苦痛なものであったろう。「高齢要介護者の透析継続」は、十分な支援体制が整わなければ時に家族機能が破綻してしまう状況になり、それは患者にとっても家族にとって「いつ終わるとも知れぬ苦しい現実の継続」でもある。だからといって、「継続している透析を中止」することもまた、意図的に「生きていることを中止」することにもなり、ともすれば家族以上に一緒に時間を過ごしている看護師にとっても苦渋と悲嘆が余儀なくされる。出会ってきた透析患者の中には、長期化する透析に「透析患者よりがん患者のほうがよかった思うことがある」という方がいる。腎不全看護においても、がんの告知を受けた患者が、その日から死を予期するのと同じように、ターミナル期に関わらず導入期から、エンド・オブ・ライフ・ケアに向けた看護介入が必要なのではないだろうか。ターミナルケアやエンド・オブ・ライフ・ケアに関する様々な文献に共通して書かれていたのは「居ること」「コミュニケーション」「視線を合わせ、いすに座る」「チームアプローチ」などであった。透析患者に対しても実践できるケアが沢山あるようだ。

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