演題情報

教育講演

開催回
第56回・2011年・横浜
 

看護の実践知

演題番号 : EL-19

正木 治恵:1

1:千葉大学 大学院看護学研究科

 

実践知とは、技能を習慣的に使い実践に従事しながら得られた知識である。看護師は、固有の場と時間を共にしながら対象にかかわることを通して、多様な実践上の問題を体験し、それらに対処するための能力を獲得していく。看護ケアは多義的であり、看護事例は個々にその固有世界を有し、また、看護ケアは身体性をそなえた行為であるため、行為するものと受けるものの両者間で「関係」が生じ、それが行為の過程で変化していくというダイナミックな現象である。まさに、遭遇する体験なのである。実践知は、さまざまに遭遇する体験を通して個人の中に蓄積され、融合されて、卓越した実践を産み出す。 透析看護は、医療技術の進歩と共に変遷し、さらに医療費の確保や削減、予算管理という国の大きな経済的渦に巻き込まれる。その中で看護師は、その時その場の状況に応じながら、患者の希望を聞き、看護の専門知識と技術を使い、知恵を出し合い、工夫しながら実践し、看護の質向上へと導いてきた。透析機器やその治療体制への隷属が強いられ患者の悲嘆や、やり場のない気持ちや攻撃を、身近で受け止めてきたのも看護師である。 腎不全患者が生涯にわたって療養を続けていくためには、病状の進行や生活障害の変化に応じて生活を調整していくこと、またその時々に必要なセルフケアの内容を学習してくこと、さらにライフサイクル上の課題を達成して生きていくことが必要となる。そこには、病気を持った人、あるいは“透析患者”として自明視された生き方とは異なる、その人個人の生き方を理解していくことが重要となる。腎不全看護は慢性的に経過する病状に沿いながら行うケアであり,言い換えるならば,「患者に沿い,対象の反応を捉え,これまでの経過と今後の推移を見通して考えながら対象とかかわる」ことに重要性がみられる。 腎不全看護領域の実践知が確実に存在するにもかかわらず、その価値の認識や知の共有は必ずしも十分とはいえない。よって本講演では、個々の看護事例を積み重ねることによって生み出され、抽出される実践知と、それを他者と共有できる形にしていく方法について提示する。

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