発表

一般研究発表(ポスター)
1AM-082

視覚刺激による味覚選好想起の脳内機構: ERPを用いた検証

[責任発表者] 辻 幸樹:1
[連名発表者] 柴田 みどり:2, [連名発表者] 佐藤 安里紗:1, [連名発表者] 梅田 聡:1
1:慶應義塾大学, 2:慶應義塾大学先導研究センター

目 的
 選好(preference)は,人間の行動を形成し,その変化を誘導するメカニズムのひとつである。人間は日常の様々な場面で選好を形成し,またその選好に基づいて選択意思決定を行っている。例えば,何かの商品を経験して選好を形成した後,その選好をもとに商品を選択することが考えられる。
 本研究では,日常で商品を目にする場面により近づけるため,商品のラベルを見る場面をモデルとして,事前に形成した選好が商品を見ている際の脳活動にどのように反映されるかを,事象関連電位(ERP)を用いて検証した。選好形成の対象には柑橘飲料(オレンジジュース)を使用した。
方 法
[参加者]健康な大学生9名が参加した(平均22.9歳,女性2名)。使用する飲料は,市販商品を用いた事前調査で順位の連続した銘柄3種を選定し,薄めずに常温で提供した。刺激提示と実験制御にはPresentation (Neurobehavioral systems)を用いた。脳波計測には,国際10‐20法に基づく32チャネルHydroCel Geodesic Sensor Net(EGI)を用い,計測データはEMSE(Source Signal Imaging)上で解析した。バンドパスフィルタは0.1-30Hz,アーチファクトリジェクションの基準は±0.0001Vに設定し,カップ画像提示を基点として-100msから1000msの区間を解析した。また,脳波の電源推定にはsLORETA (Pascual-Marqui,2002) を用いた。
[手続き]参加者はまず,蓋付き紙カップに入った3種類の飲料を飲み比べ,よりおいしいと感じた順に1位から3位までの順位をつけた。その後,順位に応じたスタンプをシールに押して紙カップに貼った。この際,参加者は飲料の味をよく覚えつつ飲み比べること,各評価順位と味の対応を覚えておくことを教示された。脳波測定課題では,最初に提示される注視点画面で被験者がマウスをクリックすると,スタンプシールが貼られた紙カップの画像が提示された。参加者はこのカップ画像が提示されている間,スタンプに対応していた飲料の味を思い出すよう教示された。紙カップ画像が2000ms提示された後,画面が2000ms暗転して注視点画面へと戻った。以上を1試行として,注視点画面で再びマウスクリックをすることで次の試行に移った。各カップ画像が100試行ずつ,合計300試行がランダムな順に提示された。課題は4ブロック,75試行ずつに分けて実施された。
結 果
 画像提示から300ms付近の前頭部で得られた陰性成分(N300)の頂点振幅と,500-1000ms区間の前頭部で陽性方向に遷移していく波形(後期成分)の区間平均振幅についてERP解析を実施した(図1)。その結果,FzチャネルのN300振幅について有意差があった(F(2,8)=6.00, p<.05)。下位検定の結果,1位画像提示条件で他二つよりも有意に振幅が陽性に振れていた。一方で,後期成分についての有意差は得られなかった。
 sLORETAによる電源推定の結果では,まず画像提示から336ms付近の脳波について有意差があり,3位に比べて1位で右中前頭回(Middle frontal gyrus; MFG)の電源性が強いことが示された(図2)。さらに,676ms付近についても有意差があり,3位に比べて1位で右島皮質(Insula)の電源性が強いことが示された(図3)。なお,飲料の銘柄については,有意差は一切確認されなかった。
考 察
 本研究では,N300振幅が参加者の主観的な選好順位を反映している可能性があること,そのN300の電源がMFGにあることが示唆された。前頭葉は総じて多くの認知機能と関連があり,本研究だけではN300成分とMFG活動の意義を断定するのは難しいが,MFGが視覚刺激の親近性に基づく選好判断に関係しているとする先行研究(Elliot and Dolan, 1998)など,MFGと選好の関係を示唆する研究がある。
 一方,画像提示後500-1000msの後期成分ではERPの有意差は無かったが,sLORETAによる電源推定の結果より,676ms近辺の脳波電源として1位での島皮質がより強いことから,島皮質が後期成分の電源だと推測できる。島皮質は,味覚中枢として舌上の味覚受容体から孤束核,視床後内側腹側核を経由する味覚経路の投射を受けるほか,前頭葉や前部帯状回とともに価値や選好の判断を行う神経回路の一部ともされており,今回島皮質で電源性が確認できたことには説得力がある。
 以上より,商品画像を目にした際は,画像刺激に伴うERPの後,味覚想起に伴うERPが追随すると考えられる。特に,味覚を司る島皮質で選好による条件差が発生するより以前に,N300で既に選好による条件差が現れていた点は注目に値する。味覚想起の前に視覚刺激に紐付けされた選好情報が賦活していることが示唆され,選好に基づく迅速な判断と行動を可能にする進化的意義があると考えられる。今後は,ERPや電源部位間の機能的結合関係を検証することで,味覚に基づく選好の想起と判断の神経メカニズムの解明につながると考える。
引用文献
Elliot, R. & Dolan, R. J. (1998). J Neurosci, 18, 4697-4704
Pascual-Marqui, R. D. (2002). Methods Find Exp Clin Pharmacol, 24(suppl.D), 5-12.

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